書名

『諡 天皇の呼び名』(電子書籍版)

著者

野村朋弘

刊行

中央公論新社 2019年6月発行

メモ

「天皇の呼び名」というテーマを正面から取り上げた、これまでありそうでなかった内容の本です。子供のころからの疑問が次々と解き明かされていくので、知的快感を味わえる本でした。日本史の基礎知識がないとさすがに読み進めるのが難しいでしょうが、歴史好きの人であればきっと楽しめると思います。

こまかい指摘かもしれませんが、史料として引用している漢文の訓読に一部疑問を感じたので、僕の意見を記しておきます。

「第三章 日本の諡号の種類」のなか、「日本における諡号の理解」の部分で引かれている『令集解』の原文
「謂、諡者、累生時之行迹、為死後之称号、即経緯天地為文、撥乱反正為武之類也」
を著者は
「いうこころは、諡は、累生のときの行いのあと、死後の称号たり。即ち経緯天地を文となし、撥乱反正を武となすの類なり。」
と読み下していますが、正しくは「生時の行迹に累して、死後の称号と為す(生前の行迹に関連させて死後の称号にする)」と読むべきです。「累生時之行迹」と「為死後之称号」は対句になっていますので「為」が「死後之称号」を目的語にしているのと同様に、「累」も「生時之行迹」を目的語にしないとおかしくなります。

また、そのあとの部分、
「釈云、諡者、・・・・音神至反」
の部分を
「釈いわく、諡は・・・・神の音は反に至る」
と読み下していますが、これはいったいどうしたことでしょうか。「音神」を「神の音」と読むことは絶対にありませんし、「神の音は反に至る」というのは全く意味不明です。ここは正しくは「音は神至の反なり」と読み、反切法によって「諡」字の発音を説明しているのです。反切法についてはウィキペディアの「反切」を参考にしていただきたいと思いますが、簡単にいうと、「[諡]という漢字の発音は[神]の声母と[至]の韻母を組み合わせたものである」という意味になります。

ささいなミスといえばささいなミスですが、「音神至反」のようなとんでもない間違いが一点あるだけで、本書全体の信憑性に疑念を持たれかねないので、非常にもったいないと思います。非常に有意義な論考だけに、せめて脱稿前に漢文を読み慣れた人にチェックしてもらえなかったのかと、残念でなりません。