書名

『重金属のはなし ― 鉄、水銀、レアメタル』(電子書籍版)

著者

渡邉泉

刊行

中央公論新社 2016年7月発行(電子版)(紙書籍単行本は2012年8月発行)

メモ

大学で有機化学については嫌になるほど勉強したので、周期表の上のほうの元素、特に炭素まわりの元素にはそれなりに親しんだ一方で、周期表の下のほうの元素にはあまりなじみがありませんでした。重金属と呼ばれる元素たちは、この周期表の下のほうにたむろしています。有機化学でも、一部の重金属を触媒として利用するので、全く無関係ではありませんが、有機の研究室に入ったわけでもないので、実際に重金属触媒を使って合成をおこなった経験もありません。

そんなわけで、あまり知識のない重金属について学ぶのにちょうどいいと思い、本書を手にとりました。本書では、文明を生んだ人類と金属の出会いに始まり21世紀のレアメタル争奪に及ぶ金属利用の歴史、生物学的な面から見た金属元素の役割と害、さらに重金属が原因となった公害の歴史といま現在の環境問題、と、重金属について多方面から理解を深めることができます。

後半の記述は、公害や環境問題がメインとなりますが、その内容を理解するためには、重金属の多様な側面を把握しておく必要があり、前半部分でそれを学ぶことができるようになっています。水俣病・新潟水俣病(水銀)、カドミウム(イタイイタイ病)については小学校でも習いますが、土呂久公害(ヒ素)については知らない人も多いのではないでしょうか。本書で描かれるその実態はまるでディストピア小説のようであり、それが1970年代まで放置されたとはにわかに信じがたいかもしれませんが、まぎれもない事実です。土呂久公害を知らない人にはぜひ本書を一読してもらいたいと思います。

以下、主な重金属について備忘録です。

水銀

硫化水銀は顔料の「朱(辰砂、丹、バーミリオン)」として2万年前から使用。

他の金属を溶かしこんで「アマルガム」と呼ばれるペースト状の特殊な合金を作る。この性質を利用して古くから金の採掘に利用された。途上国の一部では現在もこの技術が用いられ、水銀の環境への放出原因となっている。

アマルガムは東大寺の大仏の金メッキにも利用された。金を溶かし込んだアマルガムを大仏表面に塗布して加熱すると水銀だけが蒸発して大仏表面には金の膜が残る。大仏建立に伴い深刻な水銀汚染が発生し、水銀中毒者が激増したとされる。

無機水銀は金属水銀、1価の水銀イオン、2価の水銀イオンの3つの形態をとる。有機水銀にはメチル態、エチル態、フェニル態などがあるが、ヒトへの環境影響の面ではメチル水銀が最も重要。

金属水銀は水銀蒸気として肺から吸収され、気管支炎や間質性肺炎など呼吸器の急性毒性を示す。また血液脳関門を容易に通過して脳内へ入り、脳内タンパク質のチオール基(-SH)と結合し、慢性毒性として中枢神経症状を引き起こす。

1価の水銀化合物は水にほとんど溶けず、体内への吸収率も低いため、あまり問題にならない。

2価の水銀イオンは、主に腎臓(特に近位尿細管)の細胞内に入ってタンパク質のチオール基と結合し、様々な細胞機能の異常を引き起こし、急性・慢性毒性を示す。

メチル水銀は、タンパク質の合成比を乱したり、酸化的損傷を増加させたり、細胞内カルシウム濃度の異常を引き起こしたりして、神経細胞の障害と死滅をもたらす結果、重篤な神経毒性を示す。また胎盤関門を通過して母体から胎児へ移行し、胎児にも障害を引き起こす。

融点が1050℃前後、錫との合金である青銅(ブロンズ)の融点はさらに低い1000℃前後と、扱いが容易だったため、7000年前頃から利用されるようになり、石器時代から青銅器時代へと移行した。紀元前1000年頃からは亜鉛との合金である黄銅(真鍮)の利用も始まった。

加工が容易で、耐食性にすぐれ、電気伝導性が高いため、幅広い産業分野で多用される。

融点が1536℃と高いが、自然に存在する酸化鉄を一酸化炭素によって還元し不純物を取り除いて錬鉄を得ることは1000℃前後で可能となる。さらに温度を上げて炭素を加えると青銅よりはるかに硬い鋼鉄が得られる。紀元前17世紀、小アジアのヒッタイトがこの技術を生み出し、鉄製の武器によって強大な帝国を築いた。ヒッタイトは製鉄技術を独占し決して流出させなかったが、紀元前12世紀にヒッタイトが滅亡すると技術が拡散し、鉄器時代が幕を開ける。

鉄は「産業の骨格」と呼ばれ、金属資源の産業利用で他の金属を圧倒する。日本の金属生産の94%は鉄。

鉄の最大の欠点は錆びる(酸化する)ことだが、クロムメッキや錫でメッキしたブリキ、亜鉛でメッキしたトタンなどの技術で表面酸化を防ぐことができる。また、ニッケルやモリブデン、ニオブ、チタン、バナジウム、、マンガンなどを添加することで耐食性や強度、耐熱性、弾性など様々な性質を強化することができる。

カドミウム

1817年に発見された新しい重金属。第一次世界大戦時に、不足した錫の代用として利用されたことでその毒性が知られるようになったが、錆を防ぐメッキとしての性能に優れるため、航空機に使用されるアルミニウムのメッキ材料として多用され、その結果、環境汚染を引き起こした。

ハンダの材料や、油絵の黄色の絵の具「カドミウム・イエロー」にも用いられた。

1899年には、ニッカド電池(ニッケル-カドミウム電池)が発明され、2000年代はじめまでカドミウム利用のほとんどをニッカド電池が占めた。

体内に入ると、極端な高濃度で腎臓に蓄積し、腎障害を引き起こす。200ppmを超えると腎臓皮質の組織壊死が起こりうるが、現在の日本の中高年の腎臓にはこの半分の濃度のカドミウムがすでに蓄積しているとされる。腎臓のほか、生殖障害、内分泌攪乱作用、骨への影響なども知られる。

日本人の主食であるコメは、土壌中のカドミウムを吸収しやすいという特性を持つため、土壌のカドミウム汚染は深刻な影響をもたらすが、石灰撒布などで土壌をコントロールすることでコメへの吸収を抑えられることがわかってきている。

約6000年前から顔料や化粧品として利用された古い重金属。

毒性は、鉛が生体内の硫黄と結合することで、様々な障害を引き起こすと考えられている。

古代ローマで大量に使用され「ローマン・メタル」の異名を持つ。他の金属に比べて非常に柔らかいため加工がしやすく、水道のパイプから日用の食器の材料として広く用いられた。さらに酢酸鉛には特有の甘みがあるため、「サパ」という甘味料として用いられた。結果、古代ローマ人は大量の鉛に曝露されることとなり、鉛中毒が彼らの健康をむしばんでいたと推測される。

日本では、炭酸鉛(鉛白)がおしろいの原料として使用され、それが原因で遊女や歌舞伎役者などに鉛毒性脳症を引き起こした。鉛白は白の絵の具やペンキにも用いられた。

比重が重いことから銃弾の材料として重宝されたほか、融点が372.5℃と非常に低いことからハンダの材料としても利用された。

鉛イオンが髪の毛の含硫タンパクと結合すると暗褐色を呈するため、海外の白髪染めの一部には酢酸鉛を用いているものがある(日本国内では承認されていないが、個人輸入による使用は禁止できない)。

20世紀に入ると、ガソリンエンジンのノッキング現象を防ぐアンチノック剤として、アルキル鉛が世界的に使用され、日本では1980年代、米国では1990年代まで有鉛ガソリンの使用が続き、アンチノック剤由来の鉛が大量に環境中に放出されることになった。グリーンランドと南極における調査で、鉛汚染は両極地を含む世界中に広がっていることが明らかになった。

ヒ素

厳密には重金属ではなく、「半金属(メタロイド)」に属する。金属元素と同様、自由電子を持つが、その密度が非常に小さく、電気を通したり、通さなかったりする、半導体の性質を持つ。

元素単体として「灰色ヒ素」「黄色ヒ素」「黒色ヒ素」という3種の同素体が存在する。灰色ヒ素は金属光沢をもつため金属ヒ素とも呼ばれる。黄色ヒ素は独特のニンニク臭を持ち、透明でやわらかい。

イオンとして複数の形態をとり、水溶液中では3価と5価で存在する。強い毒性を示すのは3価のヒ素であり、この3価のヒ素が酸素と結合したのが亜ヒ酸である。

古くから銀山の随伴鉱物として産出されてきた。上述の土呂久鉱山も戦国時代以来銀山だったが、明治期以降は、ヒ素自体に殺虫剤や毒ガスとして需要が高まり、硫ヒ鉄鉱を窯で焼いて亜ヒ酸を得る「あひ焼き」が行われるようになり、これが一帯の深刻な汚染と従事者の重篤な健康被害を引き起こした。

東西を問わず古くから毒殺の道具として使用されてきた。またその毒性に着目して、消毒剤や殺虫剤、殺鼠剤として利用された。

エメラルド・グリーンやシェーレ・グリーンなど緑色の顔料に用いられた。壁紙に用いられたこれらの顔料が、微生物に分解されて揮発性の高い猛毒のアルシン(AsH3)に変化し、これが室内大気を汚染した例が知られている。

ヒ素の毒性は、その形態によって大きく異なる。同じ有機態でも、海藻などに含まれるアルセノシュガーや魚介に含まれるアルセノベタインの毒性は非常に低いが、アルシンは猛毒である。無機態では、5価のものは非常に毒性が低いが、3価のものはタンパク質のチオール基と結合して、それらのタンパク質、特に細胞呼吸にかかわる酵素の機能を阻害することで、全身性の生命毒となる。